1885年 京都に生まれる 以後、家業製陶に従事 明治末期より祥雲と称し、茶陶製作に務める 1925年 裏千家十四世淡々斎宗室より祥豊の号を授与される 西本願寺大谷尊由師より、示巧軒の号を受ける 前大徳寺管長円山伝衣師に師事、如拙庵の号を受ける 1928年 藤原銀次郎翁を会長とする陶友会の講師として、東京に出張し、各界の愛好家の陶技を指導する のち、技術保存の認定を受ける